【迷宮在住の野良スライム、ひょんなことから新米冒険者の胸ポケットにお引っ越しする事になる。───スライムに生まれ変わった元勇者の僕が可愛い女の子冒険者に拾われちゃった!?表で可愛がられ裏では無双する充実のスライム生活が始まる!───(番外編おまけの△△視点)】

その④【エラン&スレッタ:ぱふぱふはっぴーなまいにち】

画像
頂いたファンアートです(ありがとうございます!)

「そろそろ寝ようね、エランさん」

 そう言って僕ににっこりと微笑むのは、赤い髪をした美少女だ。

 太い眉、大きな目、健康的な褐色の肌に、パツンと張った胸とお尻。

 そんな魅力的な彼女は薄い寝衣のまま、無防備に僕の前に座っている。

 部屋は暗く、辺りはひっそりとして、唯一ランプの明かりだけが僕らを照らしている。

 彼女はしなやかな指でランプの灯を消すと、ゆっくりとベッドに横たわった。

「おやすみなさい」

 しばらくして、僕は行動を開始した。

「んむむぅ…」

 もぞもぞ。寝台の上で身じろぎする。

 フカフカのお布団。お日様に晒したあとの干し草のいい匂い。

 幸せな気分のまま起きて、そのままきょろきょろと周りを見回してみる。

 可愛らしい布の山、綺麗に掃いてある床、足元のまわり、上掛の中まで見て、最後に寝間着をちょっとめくってみる。

 黄緑色の綺麗なスライムが、ぽよんと胸の間に挟まっていた。

「おはよう、エランさん」

 わたしの言葉に応えるように、ぴょいっと小さく作った手をフリフリしてくれる。

 最近のわたしの一日は、こんな感じで始まるようになった。

 贅沢な朝を迎えた後は、これまた贅沢な朝食の時間が待っている。

 僕の目の前には、茹でた野菜と採れたばかりの新鮮な薬草。

 異世界の食卓事情からしたら信じられないほど贅沢なサラダに、うきうきと小さく弾んでしまう。

 僕はリズムを取りながら、このサラダを用意してくれた女の子…スレッタの食事の風景を眺めていた。

「スレッタ、エランが待ってるよ」

 特製のビスケットを食べながら、姉のエリクトが笑っている。

 スレッタは咀嚼していた熱々のソーセージをコクンと飲み込むと、さっそく僕に構ってくれた。

「エランさん、今日も食べさせて欲しいの?」

 そうだよ、と言うように、ぴょいぴょいっと跳ねてみせる。

「もう、甘えんぼさんなんだから」

 油でツヤツヤの唇をほんの少し尖らせると、次の瞬間スレッタは嬉しそうに笑って茹でた野菜を差し出してくれた。

 ───ホクホクのお芋、美味しい。

 僕が食べている間はスレッタがお世話をしてくれて、スレッタが食べている間は僕が勝手に待てをして、エリクトはそんな僕らの様子を見ておかしそうに笑っている。

 そんな風にゆっくりと、お決まりになりつつある贅沢な時間を楽しんだ。

 朝ごはんを食べた後、一通りの家事やお仕事をしたら昼まで自由な時間ができる。

 わたしは木剣を片手に裏庭に出ると、お母さんから教わった型を一生懸命練習していた。

 困っている人を助けたり、役に立つ素材や道具を手に入れたり、そんな素敵な冒険者になるのがわたしの夢だ。

 魔法をうまく使えないわたしは体を使って頑張るしかない。なので毎日の鍛錬はかかせなかった。

「がんばれ、スレッター」

 お姉ちゃんはエランさんを手のひらに乗せながら、練習するわたしを応援してくれている。

 読書をしたり薬草畑の手入れをする事が多いお姉ちゃんだけど、気が向いた時にはこうしてわたしの練習を見てくれる事がある。

 最近はエランさんがいるからか、前よりも練習に付き合ってくれることが多くなった。

 そのエランさんは、お姉ちゃんの手のひらの上で跳ねるように体を動かしていた。よく見ると、食べ残しの雑草の根を持っている。

 わたしが木剣を振ると、エランさんも雑草の根をぴっ!と小さく振って。

 わたしが足を動かすと、エランさんもぴょっ!ぴょっ!と小さく動いた。

 マネっこをする小さなエランさんが可愛くて、とっても気が散ってしまう。

「こら、エランったら。邪魔しちゃダメでしょ」

 気が散るわたしに気付いたのか、とうとうエランさんはお姉ちゃんの手のひらに閉じ込められて、姿が見えなくなってしまう。

 でも指の間から必死に振っている雑草の根が見えて、わたしは笑い転げてしまった。

 毎日の鍛錬は大切だけど、たまには程々で終わりにしよう。

 根を詰めすぎちゃダメだとお母さんからよく言われていたけれど。

 最近はエランさんのおかげで、適度に息を抜くことができるようになっていた。

 鍛錬を見守って、昼食を食べて。そんな風に幸せなひと時を堪能したあとは、また別の幸せが僕を待っている。

 起きてからずっと動き通しだったスレッタは、昼食のあとはほんの少しだけ休憩する。雑談をしたり読書をしたりお昼寝をしたり。午後からの仕事を頑張るための充電期間だ。

 時間にしたら1、2時間くらいだけど、僕はこの時間がとても気に入っていた。

 エリクトと会話する時は興味深いことがたくさん聞けるし、一緒に読書するのも勉強になる。そして何よりも、スレッタがいつもより僕をたくさん優しく撫でてくれる。心地よくて楽しい時間だった。

 今日はエリクトが自室で休むと引っ込んでしまったので、スレッタは僕相手にお喋りしてくれた。

「エランさんといるとお話上手になっちゃうね」

 そう言って、彼女から見たらただのスライムでしかない僕に色々な話をしてくれる。

 もうすぐ帰ってくる優しくて強いお母さんの話。

 あと数か月で遊びにくる竜の姉弟の話。

 遠い国にいる勇者の話。

 僕は彼女の話に合わせてぷるぷると震えたり、ぴょんぴょんと跳んだりして相槌を打つ。

 スレッタはそんな僕の姿をみて嬉しそうに笑ってくれている。少しでも彼女の癒しになれたなら、僕も嬉しい。

 エランさんが言葉を分かっているように反応してくれるので、ついついたくさんお喋りしてしまった。

 お話するのは意外と疲れる。お昼ご飯を食べたこともあって、お話の途中でなんだか眠たくなってきた。とろんと瞼が落ちてきて、ふわぁと小さい欠伸が出てくる。

 休憩時間はまだ少しある。わたしは午後からの仕事のために、お昼寝をすることにした。

「エランさん。ちょっとお休みするから待っててね」

 そう伝えて、エランさんを専用の寝床に連れていってあげる。

 夜は毎日のように脱走されている寝床だけど、お昼寝する時間は短いのでそのまま寝床にいてくれる事が多い。

 柔らかくて綺麗な布を敷き詰めた場所にエランさんをそっと下ろして、ささっとお昼寝の準備をする。

 わたしのお昼寝の仕方は独特で、毛布を敷いたお昼寝用の床におままごとで使うような小さな机を置いて、その上に足を乗せて寝っ転がる。横から見ると頭よりも足を高くした状態だ。

 変な格好だけど、このまま眠ると短時間でビックリするくらいすっきりと元気になる。

 軍人だったお父さん譲りの特別な寝方だ。あの人はこういう風にお昼寝していた、とお母さんが懐かしそうに話しているのを聞いて、こっそり真似してみたのが始まりだ。

 お姉ちゃんから毛布を丸めた足置き用の寝具を作ってあげようか?と言われたこともあったけど、どうしても同じ寝方が良かったので断ってしまった。

 わたしが生まれる前に家族を守って死んだお父さん。

 直接会ったことはないけど、こうやって真似をしていると、お父さんと繋がっているような気がして安心したような気持ちになる。

 わたしは午前中の疲れもあって、すぅっと眠りの世界へ入っていった。

 しばらくして、パチッと目を覚ます。短い時間なのに眠気がどこかへ行って、体全体がすっきりしている。

 目をコシコシ擦ってエランさんの寝床を確認すると、ぴょこっと小さな足を作って布の山に乗せている姿が見えた。

 たぶんわたしの真似っこだ。

「ぷっ、あはは」

 あまりの可愛さに鍛錬の時と同じくらいに笑ってしまう。同時にわたしの真似を一生懸命してくれるエランさんがとてもいじらしく見えて───お父さんの真似を一生懸命する小さな頃のわたしに重ねてしまって───嬉しいような切ないような気分になる。

 声に驚いたのかもぞもぞ動き始めたエランさんを両手に乗せると、心のままにそっと頬ずりして挨拶した。

 スレッタの家は町から外れた場所に建っている。喧騒とは程遠くゆったりとしていて、けれど実際に住んでいる姉妹達は大忙しだ。

 毎日の料理、洗濯、掃除に加えて、畑の世話や薬の調合、剣の鍛錬やお勉強。遊び惚けている暇なんてまったくない。

 僕はそんな忙しい彼女たちを守ろうと、密かに努力を続けている。

 畑の中をぴょんぴょん歩いて、目についた雑草を食べてあげたり。

 聖魔法を使って、外から入ってきた小さな汚れや細菌をはじき出したり。

 何より彼女たちが不逞の輩に狙われないよう、常に周囲に気を配っていたりする。

 僕はとても紳士なスライムなので、きちんと一線を引いている。着替えを覗いたりしないし、お手洗いに行くときもすぐに離れるし、もちろんお風呂も遠慮している。

 そんな紳士なスライムがいる一方、世の中にはとんでもなく悪いヤツがいることも知っている。冒険者にもなれない犯罪者たちだ。

 特にここは近くに『淫獄迷宮』もあるので、みだらな事に興味を持つ輩が押しかけてきても不思議じゃない。

 という訳で、僕は想像の中のむくつけき大男たちをバッタバッタとなぎ倒せるよう、脳内シミュレーションを怠らなかった。

 そう、僕はスレッタの胸ポケットで体を安らげつつも、常に心は戦場にいるのである。

 彼女たちの身を守るという最重要のミッションを遂行しているうちに、今日もとっぷりと日は暮れていた。

 夜は体を本格的にお休みさせる時間だ。

 美味しい夕食を食べたり、ゆっくりお風呂に入ったあとは、干し草のベッドでぐっすりと眠る。

 だけど最近のわたしは、ベッドに入るまでのわずかな時間に作っているものがあった。

 器用じゃないから時間がかかったけれど、もうすぐ完成しそうだ。

 わたしが作っているのは、お姉ちゃんから貰った小さな魔石とエアリアルから貰った竜の毛を付けたお守りだ。

 ドラゴンのウロコのような強力な魔道具じゃないけれど、ほんの少しなら守りの力を期待できる。

「できた…」

 目の前に持っていくと、輪っかになった紐の下に、紫色の魔石とサラサラしたエアリアルの毛が揺れていた。

 ランプの光を浴びて輝いているお守りを見て、わたしの頭の中にある人が思い浮かぶ。

 わたしがエリク草を探しに迷宮に向かった時に、助けてくれた男の人だ。

 たぶん冒険者で、若い男の人だった。もしかしたらわたしと同じくらいの年かもしれない。

 彼は絶体絶命の窮地に陥っているわたしを助けてくれて、怖くて大きなスライムまで退けてくれたみたいだった。

 残念ながらわたしはほとんど目を瞑っていたし、その後も気を失ってしまっていたけど、状況から見て間違いないと思う。

 わたしは彼にどうしてもお礼が言いたくて、ギルドで彼を探したし何度も聞き込みもした。でも情報はなにも出なくて、あれ以来会えることはなかった。

 もしかしたら彼は夢の中の人で、実際にはいない架空の人物なのかもしれない。

 悲しくて寂しいことだけど、その可能性は十分にある。

 それでも彼を思ってお守りを作ったのは、わたしの中にある感謝の気持ちを形にしたかったからだ。

 彼を思い出すと感じるウズウズしたりモヤモヤする気持ち。それもこのお守りを作ったことで少しは軽くなると思う。

 何となく気分が落ち込んでしまって、ふぅ…、とため息を吐いていると、柔らかい布の山からぴょこんっと小さなエランさんが出てきた。

 朝起きるとわたしの服の中に潜り込んでいることが多いエランさんだけど、彼の為に用意した布の寝床は気に入っているようで、部屋にいる時はよくそこで休んでいる。

 エランさんは器用にぴょんぴょんと跳んで机の上に登ると、わたしが手に持っているお守りを見て興奮したようにころころ転がり始めた。

 可愛いしぐさに思わず見守っていると、ころころ転がるをやめたエランさんが、今度はちょこちょこ左右に揺れながら近づいてくる。

 何だか嬉しさが隠しきれないような、嬉しすぎて照れているような、そんな印象を受ける動きだった。

 どうしたんだろう?

 わたしが頭の中で首をかしげていると、エランさんはにょいっと小さな手を作って、お守りを持っているわたしの指をちょんちょん突いてきた。

 お食事の時によく見せる動作だ。わたしはエランさんが言いたい事がすぐに分かった。

「もしかして、このお守りが欲しいの?」

 わたしの言葉にエランさんはぴょんっと小さく跳ねて、もう一度指をちょんちょんと突いた。正解、と言っているみたいだ。

 エランさんはもう貰う気満々になっているみたいで、頭の上ににょいんっと輪っかを通せるくらいの小さなツノを作ってしまった。

「う~ん…」

 どうしよう。頭の中で色々と考える。

 断ったらエランさんががっかりしてしまうだろうし、断ったところで助けてくれたあの人にお守りをあげられる保障はない。

 それに迷宮で助けてくれたのはあの人だけじゃない、エランさんもずっとそばで勇気づけてくれていた。

「………」

 わたしは机の隅にある道具箱を見た。

 まだ姉やエアリアルからもらった材料は残っている。同じものをもうひとつ作る事もできる。

 なら、全然問題ない。

 わたしは大人しく待っているエランさんのツノに、そっとお守りの輪っかを通してみた。

 少し緩いかと思ったけど、すぐにエランさんがツノの太さを調整してくれる。黄緑色の小さなスライムの体を沿うように、魔石と竜の毛で作ったお守りがサラサラと揺れた。

「とっても似合ってるよ」

 あの人のことを思って作ったお守りだけど、不思議とエランさんにもぴったりと似合っている。

 わたしが褒めていることが分かったのか、エランさんがぴょんぴょんっと嬉しそうに飛び跳ねた。

「そろそろ寝ようね、エランさん」

 お守りを僕につけてくれたスレッタは、にっこりと笑ってそう言った。

 柔らかく下がった太い眉。優しい光を宿した大きな目。瑞々しくて健康的な褐色の肌に、パツンと張った胸とお尻。

 そんな魅力的な彼女は長い羽織を脱いで無防備な寝衣姿になると、僕をそっと手のひらに乗せて布の寝床に降ろしてくれた。

 部屋は暗く、辺りはひっそりとして、唯一ランプの明かりだけが僕らを照らしている。

 彼女はしなやかな指でランプの灯を消すと、ゆっくりとベッドに横たわった。

「おやすみなさい」

 しばらくして、僕は行動を開始した。

 まずは小さな手を作って、スレッタが付けてくれたお守りを外しておく。これは大切なものだから、できるだけ長く身に付けられるよう大事にしていきたい。

 お守りを柔らかい布の寝床に慎重に置くと、僕はぴょんと跳んでスレッタの頭の横に着地した。

 働き者のスレッタは、横になってすぐに夢の世界へと旅立っている。

 僕はそんな彼女の為に聖魔法をいくつか掛けていった。疲労回復。体力回復。ついでに風魔法を使って部屋の空気を入れ替えて、結界を張って小さな虫や細菌が入って来れないようにする。

 やり過ぎるとエリクトに気付かれてしまうので、ごく少量の魔力で、些細な効果になるように気を付けている。

 でもそれで十分。

 一通りの仕事を終えると、僕はぐっすり寝ているスレッタの胸元に潜り込んだ。

 呼吸するたびに上下する胸。すうすうと聞こえる寝息。…トクトクと鳴っている、心臓の音。

 柔らかくて温かくて少し湿った肌に触れていると、僕はとても安心した。

 体の力が抜けて、何もかもを委ねてしまいたくなる。守られていると強く感じる。

 思えば異世界に来てから、僕はずっと気が抜けなかった。

 戦いばかりの日々が続いて、終いにはスライムなんかになってしまった。もう元の世界にも戻れないだろう。

 でも今は、こんなにも幸せな場所にいる。

 僕は少しの寂しさと、それ以上の幸福を噛みしめながら、ゆっくりと眠りに落ちていった。

 ───おやすみなさい。また明日、スレッタ。