【迷宮在住の野良スライム、ひょんなことから新米冒険者の胸ポケットにお引っ越しする事になる。───スライムに生まれ変わった元勇者の僕が可愛い女の子冒険者に拾われちゃった!?表で可愛がられ裏では無双する充実のスライム生活が始まる!───(その5)】

……。
…………。
………………。
眠っている僕に、ちょっかいをかけてくる誰かがいる。
ちょんちょん、と突かれる。
ゆさゆさ、と揺さぶられる。
僕はとても疲れていたので、まだまだ眠っていたかった。
泥のように眠る、なんてコトワザがあるけれど、今の僕はまさしくその状態だ。
何を考えるでもなく、ただただこの安寧と言う名の泥に沈んでいたい。そんな気分だった。
だから無視していたのに、その誰かは僕を執拗に起こそうとしてくる。
しまいには何かを突っ込んできた。
僕は突っ込まれた何かを無意識のうちにムシャムシャして、あまりの苦さとまずさにビックリした。
───うわ、まっず!
驚くあまり飛び跳ねて、自分が完全に目を覚ました事を知る。
「スライムさん!…だいじょうぶ?」
そうして同時に、心配そうにこちらを覗き込む女の子を発見した。
どきり。
核が振動して、女の子の姿に意識がすべて吸い寄せられる。
顔が赤くて、目が潤んでいて、自然と先ほどまでの彼女の様子と重なってしまう。
しかも彼女はたいへん無防備な事に、巨大スライムに服を溶かされたままの姿で草の上に座っていた。前かがみになっているので重たそうな胸が強調されて、魅惑の谷間があらわになっている。
下着自体は厚めのタンクトップや短めのショートパンツみたいな色気のないものなのに、中身が豊かに育っているのでギャップがすさまじい。
僕は動揺のあまりぴょっ、ぴょっ、と小さく反復横跳びすると、崩れている自分の姿に気付いて、すぐにぷるるんっとまん丸ボディになった。
そのままぴょーんと上に跳ねて、僕は不定形の生きものじゃありませんけど?デロンとした姿は何かの間違いですけど?というように振舞ってみる。
そんな僕の姿を見てどう思ったのか、彼女は安心したように笑ってくれた。
「よかった。スライムさん、元気になってくれた。…よかった」
笑いながら、ポロリと涙をこぼしている。僕はあわてて彼女に近寄ると、ぴょんぴょんと跳んで自らの元気さをアピールしようとした。
───ほら見て、僕は大丈夫だよ!
実際、自分でも不思議なほどに元気だった。つい先ほどまでぐったりと寝ていたのに、起きたらものすごく力が湧いている。
たくさん寝てたくさん休めたからだろうか?疑問に思っていると、彼女が大切そうに手のひらに乗せたものを見せてくれた。
「やっぱりエリク草ってすごいんだね。あと何本かあるから、もう一本食べる?」
───!あー!それは!
それは僕にしてみたらものすごく見覚えのある草だった。思い返してみれば、起きがけに食べさせられた『何か』も知っている味だった気がする。
彼女が僕に差し出したものは、主食にしている草と一緒に生えていた雑草───だと思っていた───草だった。
───え、ホントに雑草?…雑草がエリク草?
信じられなくて、ぴょいぴょいと手のひらに近づいてみる。あらゆる角度から眺めてみても、やっぱり秘密の部屋に生えていた雑草そのものだ。
───雑草が、エリク草……。
僕はショックを受けた。
何故ならアイテムボックスにはこの雑草…、もとい、エリク草もいくつか入っていたからだ。
主食の草を収納するときに混ざったモノで、選り分けるのも面倒だとそのままにしていた。きちんと数えていないが、たぶん百本近くは入っている。
少し前に休憩した時、主食の草ではなくこの雑草…、エリク草を出していれば、それでミッションコンプリートだったのである。
あまりのショックにプルプル震えてしまう。
「やっぱりもっと欲しいのかな?はい、どうぞ」
雑そ…、エリク草の前で懊悩していると、その姿を見て誤解した女の子が嬉しそうに雑そ…、エリク草を差し出してきた。それも食べやすいように葉っぱを小さくちぎってくれている。
僕は呆然としながら、差し出された雑…、エリク草の葉っぱをムシャムシャと食べた。スライムの性というか、食べられる物を近づけられるとうっかり食べてしまうのだ。
───うう~、まっずい!
まずい。とてもまずい。まずすぎる。
体の底から活力が湧いてくるのを感じながら、僕は心の中で半ベソになった。
でも大切な薬草を分け与えてくれる女の子の優しさが嬉しくて、なんとか最後まで食べ切ってみせた。
「スライムさん、おいしい?」
───すっごくまずいよ。でも、ありがとう。
僕の言葉は聞こえていないはずなのに、女の子はニコニコ笑ってくれる。
「それにしても、さっきまでのは夢だったのかな…。あの巨大スライム…と、助けてくれたあの人…」
女の子が辺りを見て首をかしげた。巨大スライムの体はもう地面に染み込んで消えてしまっているので、見えるのは鬱蒼とした植物だけだ。
「あ、でも。服が溶けてるし…。巨大スライムはいた…、んだよね?」
そう言って、女の子は恥ずかしそうに腕で体を隠そうとした。不思議なもので無防備に半裸を見せていた時よりも、かえってドキドキしてしまう。
彼女はくるんと背を向けると、かろうじて引っかかっていた残りの服を布のように巻いて、胸とお尻を隠してしまった。
「ん、これで何とか…」
大っぴらに下着姿ではなくなったけれど、巻いた布の間からチラチラ見える白い下着に僕はどうにかなりそうだ。
「帰りの事はあとで考えるとして、まずはエリク草をもっと探してみようか」
僕の下心にも気付かず、彼女は健気にも前向きな発言をしている。
そんないじらしい彼女の姿を見て反省した僕は、ドキドキを振り切るようにぽいーんっ!と大きく跳ねて同意した。
───分かった!僕も手伝うよ。
巨大スライム戦は予想の数倍苦労したけども、これで何とか当初の目的を達成することができそうだ。
僕らはゆっくりと草むらの中を歩いていった。
背の高い草。背の低い草。細長い葉っぱがついている草。幅広の葉っぱがついている草。
その他にも色々な草がとてもたくさん生えている。
「すごい。ここって天然の薬草園みたい」
と女の子は感心していた。
僕はエリク草を探すついでに、何となく主食である聖属性の草も探してみた。秘密の部屋ではワサワサと生えていたのに、どうしてかひとつも見つからない。秘密の部屋とここは似たような場所だと思っていたけど、植生はかなり違うみたいだ。
少々がっかりしつつ、徐々に探索の範囲を広げていく。巨大スライムが暴れた場所を避けて、草がより良く茂っている方へ移動する。
しばらくして、ようやく茂みの中に見覚えのある草の姿を見つけることができた。女の子もその存在に気付いたようだ。
「あ、エリク草!よかった、他にもちゃんと生えてた」
女の子はホッとしたように笑って、丁寧に根の周りの土を掘り始めた。道具もないのにどうやって持っていくんだろうと思っていたら、近くに生えている植物から大きな葉っぱとツルを採取して器用に纏めている。
エリク草の採取については、彼女に任せて問題ないようだ。
ただ僕にはひとつ気がかりがあった。それは女の子の肌が草や土によって傷ついてしまうかも知れないと言うことだ。
強い結界を張ってもいいけれど、できればダンジョンを脱出するまでは魔力を温存していたい。それに傷つきそうになる度に対象の草や土をパチンと弾いていては、さすがの彼女も不審に思ってしまうだろう。
考えた末に、僕は茂みの奥にアイテムボックスから出した毛布をそっと落としてみた。助けた冒険者から徴収したけっこう上等な毛布である。
草をかき分けて偶然見つけたフリをして、女の子にこんなものがあるよと教えてあげる。
「え、綺麗な毛布。…どうして?」
女の子は毛布を見て驚くと、もしかして…、と、すぐに誰かを探すそぶりを見せた。他の冒険者がいると思ったのかもしれない。
───僕のものだから、遠慮なく使っていいよ!
ぴょいぴょいと毛布の上で何度も跳ねてみる。
彼女はそれでもキョロキョロと辺りを見回していたけれど、しばらく経ってから諦めたようにふぅ、と息をついて、そっと毛布を手に取った。マントのように羽織って、慎重に草の間に足を踏み入れる。
下着はチラリとも見えなくなって少し残念に思うけど、この方が僕としても安心だ。
「貴重な薬草が多いから、あんまり踏まないようにしないとね…」
女の子は深い場所へ足を踏み入れながら、自分自身に注意を促していた。
僕は体が小さいから遠慮なくフミフミしているけれど、女の子はとても大変そうだ。唯一残ったブーツで踏み荒らさないように、足を着ける場所も慎重に選んでいる。
そんな彼女を助けるように、僕は小さな体を活かして歩きやすそうな場所を先導した。
そうやってエリク草を探しつつちょこちょこ移動していると、今度は見覚えのある袋を発見することができた。
ぴょんと跳ねて近づいていくと、女の子も袋の存在に気付いたようだ。
「あっ!わたしの!」
それは縦穴に落ちる途中で手放していた荷物だった。ドラゴンのウロコが起こした風で飛ばされて、思いのほか遠くへ落ちていたらしい。
女の子はすぐに駆け寄って、荷物をぎゅっと抱きしめた。
「よかった、よかったぁ…」
ダンジョンの底に半裸の女の子とスライム一匹。よくよく考えてみれば、そうとう心細かったに違いない。
ここは薬草はあっても武器も道具も食料もない。おまけにまともな服もない。あるのは僕が落とした毛布一枚とブーツだけだ。
呑気に聖属性の草を探している場合じゃなかったと、僕はちょっと反省した。
女の子はさっそく荷物の中をあさって、予備の服に着替え始めた。予備だけあって最初よりも生地が薄そうな服だったけど、下着姿よりはよっぽどいい。
何よりちゃんと胸ポケットがついているのがいい。僕にとってはとても大事なことだった。
着替え終わったのを確認して、すぐに彼女の肩にぴょんと乗る。そして何も言われていないのにいそいそと胸ポケットに入っていった。
「ひゃっ、スライムさん?」
彼女がビックリしているけれど、これは仕方ないことなのである。そんな言い訳をしつつ、生地が薄いせいで先ほどよりも身近に感じる熱と柔らかさにうっとりする。ついでにちょっとムニムニ動いて弾力を堪能してしまったりする。
よく考えればけっこう無体な事をしているのだが、女の子は広い心で許してくれた。
「わっくすぐったい。えへへ、その場所気に入ったんだね。もしかして、お母さんスライムを思い出すのかな?まだ赤ちゃんだもんね」
なんと僕の事を赤ちゃんスライムだと思っているらしい。確かに見た目はとても小さいけれど、中身はれっきとした成人一歩前の男子である。
でも精神年齢は外見に引っ張られると言うし、僕は───赤ん坊だったのかもしれない。ばぶぅ。
なんて感じでふざけているうちにも、彼女はせっせとエリク草を採取していた。もちろん僕もすぐにポケットから出てサポートしつつ、最終的にはけっこうな数が集められた。
袋の中にエリク草を詰めて、女の子はよいしょと背負い直す。
「後はこれを、家に持って帰るだけ……だけど」
「………」
エリク草集めをしている時には元気だった女の子が、上を見上げて黙ってしまう。僕らが落ちてきた縦穴は登れそうにないし、これからどうやって帰ればいいか途方にくれているのかもしれない。
───大丈夫だよ、こっち!
「スライムさん?」
僕はぴょいっ!と大きく跳ねて、ある方向へと向かっていった。ぴょんぴょんとその場で高く跳ねて、こっちだよ、と彼女を導く。
じつはダンジョンのボス部屋には、たいてい帰還の魔法陣が敷いてある。ボス部屋へ到達した冒険者が自分たちや後の冒険者の為に設置したものだ。
ギルドに報告すればかなりの報奨金がもらえるので、それ専門にチームを組んでいるパーティも存在する。
何度か上空からこの空間を見ていたので、魔法陣が敷いてありそうな場所の見当はついていた。罠である縦穴のほかにひとつだけ横穴が空いている場所があり、おそらくそこが順当に攻略した際のボス部屋の入口だと思われた。
案の定近づいてみたらきちんと帰還の魔法陣が設置してあった。ビックリする女の子に、得意げにぷるるんっ!と振り返る。
「すごい、スライムさん知ってたの?でも、これで帰れるね」
心の底から安心したような女の子の笑顔。僕は嬉しくなってぴょーんっ!と大きく飛び跳ねた。
その後はできるだけモンスターと遭遇しないように、慎重な立ち回りで進んでいった。
僕は女の子の胸ポケットの中からモンスターを退ける聖魔法をこっそり使ってサポートした。本当に弱いモンスターにしか効かないから気休め程度だけど、少しでも危険を減らせればそれでいい。
女の子と僕の努力が実ったのか、あるいは相乗効果だろうか。運が良い事にひとつの戦闘もすることなく、無事に僕らが出会った場所までたどり着く事ができた。
僕らが出会った場所ということは、つまり出口も近いということだ。
「ようやく出られるね、スライムさん」
女の子の嬉しそうな声に、僕は胸ポケットの中からぴょこんと核をだして頷いた。
そうして、僕が引き返した道の先をずんずん進み、くぐったことのない出口も超えると、スライムになってから初めての外を経験することになった。
ざぁーっと木の葉が擦れる音が響いてくる。
辺りは夜になっていて、ギルドが管理している魔法石の明かりが道を照らしている。
どうやらここは森か、山の中にあるダンジョンだったようだ。
僕はスライムになってから初めて見る外の世界に興味津々になった。胸ポケットから核だけでなく全身を出して、きょろきょろと辺りを見回していく。
道はきちんと整備されていて、細く長い石畳が木々の中に続いている。あの道を歩いていくと、どれくらいで人里に着くのだろう?
疑問に思っていると、女の子は「ひいぃ…っ!」と恐怖に満ちた声をあげた。
「もう夜になってるっ!どど、どうしようっ!お姉ちゃんに怒られるっ!」
ひとしきり騒いだ後。心配して顔を覗き込む僕を胸ポケットにぎゅむっと押し込むと、女の子は猛烈な勢いで走り始めた。
きちんとした道のおかげか。夜の森の中だろうに、ものすごいスピードで走っている。
───ちょ、ちょっとっ!……わあぁーっ!?
結果として、僕は胸ポケットの中で大変なことになった。コボルトとの戦闘の再来だ。
縦横無尽に暴れるやわらかい胸に挟まれたり押しつぶされたり、うっすら命の危機を感じつつも、ある意味とても幸せな時間を過ごしたのだった。
そんな矛盾した時間が体感で数十分ほど続くと、ようやく開けた場所についた。
丘と言うか、山と言うか。なだらかな勾配をひたすら下って行きついた先は、広い広い平原だった。
石畳はまだ先に続いているようだ。そこを女の子はひたすら走る。
途中で胸ポケットから救助された僕は、彼女の肩の上で呑気に景色を眺めていた。
僕はこれまたこっそり彼女にバフをかけて、必死で走る彼女をサポートしている。
疲れ知らずの彼女は石畳を力強く走り抜け、途中で別の細い道に入ると、そこも同じように走り続けた。
遠くに町の明かりが見える。最初はてっきりそこに帰るのかと思ったけど、どうも違う場所に向かっているようだ。
塗装されていない踏みしめられた土の道をひたすら走り、見えてきたのは一軒の家だった。
大きな木を何本も使ったようなログハウス調の家で、全体的に可愛らしい印象を受ける。窓から漏れる光が温かくて、遠くから見ているだけでホッと力が抜けていきそうだ。
女の子は家に近づくと走るスピードを落として、だんだんと小走りになり、やがて早歩きになった。
そうして家の前までくると、ためらったようにピタッと足を止めてしまった。
はぁ、はぁ、と乱れた息のまま、入るかどうか迷っているようだ。
そんな彼女の目の前で、ギィ、とドアが開いていった。
中からは彼女によく似た小さな少女が、怒ったような顔をして出てきた。
「スレッタ、待ってたよ。どこ行ってたの」
「お、お、お姉ちゃん…。あの、ただいま…」
「おかえり。話はちゃんと聞かせてもらうからね」
よく似た少女は彼女の手を引くと、家の中へと連れて行った。
その後はもうお説教だ。
僕は胸ポケットにこっそりと隠れながら、女の子が叱られるのを聞いていた。
彼女によく似た小さな少女はとてもパワフルだった。すごく細くて小さい子なのに、大きな声で女の子を叱責する。
女の子が自分の為に危険なことをしたことが、それだけ怖かったんだろう。女の子もそれが分かっているのか、反論せずに大人しく聞いていた。
少女は怒りながら説教し続けて、だんだんと声が小さくなって、最後には無事でよかったと泣き始めてしまった。
女の子も泣いていた。よく似た2人はピッタリと抱き合って、目元が腫れるまで泣き続けた。
心配して怒ってくれる人がいるのは幸せな事だ。僕はその様子を胸ポケットからこっそりと見ていた。
ダンジョンを探索して、ボスと対決して、その後は家に着くまでダッシュして、女の子はもうクタクタだ。
小さな少女もきっと気を揉んでいたんだろう。安心したように、2人は涙を流したまま眠り始めた。
僕はぴょこりと胸ポケットから出ると、荷物と一緒に放り出された上等な毛布を2人にかけた。僕の体は小さいけれど、風魔法を使えば毛布くらいはスイっと簡単に運べるのだ。
ついでに荷物の中に入っているエリク草も、鮮度が落ちないようにアイテムボックスに仕舞っておく。起きた彼女が荷物を探ったときにこっそり戻しておけばいい。
ひととおりの仕事を終えると、僕はまた胸ポケットへ入っていった。しっくりくるポジションを探して、ゆっくり休むことにする。
───今日は大冒険だったね。おやすみ、スレッタ。
小さな少女の呼びかけで、ようやく知れた女の子の名前。
僕は大切な宝物のように彼女の名前を呟くと、世界で一番安心できる場所でスヤスヤと眠りについたのだった。